宇宙機の誘導航法制御系分野における深層学習の適用事例 | デイビッドの宇宙開発ブログ

宇宙機の誘導航法制御系分野における深層学習の適用事例

Applications of Deep Learning in the field of Spacecraft Guidance, Navigation, and Control

深層学習の適用分野と実例

軌道決定・航法:

宇宙機の自律航法に深層学習が活用され始めています。例えば

NASAの月探査小型衛星CAPSTONEでは、軌道決定に関連して機械学習を用いた異常検知ソフトウェア「SigmaZero」を実験し、微小な加速度の見落としなど航法上の問題をニューラルネットワークで検出しました​advancedspace.com​。この技術により、通信遅延の大きい深宇宙で地上管制に頼らず軌道を維持できるようになると期待されています。

  • NASA JPLは、月・火星探査機の視覚航法(Vision Based Navigation)を強化するため、画像を事前にニューラルネットで処理して光度変化に強い地形相対航法(TRN)を実現する研究を行っています。これは将来の探査機が朝夕など照明条件の異なる時間帯に着陸・航行する際の信頼性向上に繋がる技術です​jpl.nasa.govjpl.nasa.gov

  • スタンフォード大学の研究チームは,誘導制御(Guidance)分野で、Transformer型深層学習モデルを用いてドッキング用軌道を計算する「Autonomous Rendezvous Transformer (ART)」を提案しています。チャットGPTに類似したTransformerアーキテクチャで軌道計画を行うもので、シミュレーション実験で有効性を示し、将来的に軌道上試験を目指しています​​space.com。おもろ.
  • https://arxiv.org/abs/2310.13831

姿勢制御:

  • 人工衛星の姿勢制御への深層強化学習(Deep Reinforcement Learning)の応用も盛んに研究されています。
  • 例えばNASA Amesとアルマバマ大学のチームは、強化学習で時最適に近い姿勢変更を実現し、従来法を上回る指向精度を達成できることを報告しています​ntrs.nasa.gov

  • 日本でも早稲田大学などが深層強化学習による適応的姿勢制御を研究しており、Lyapunov関数に基づく報酬設計によって大角度機動でも安定した学習を実現し、摂動下でも頑健な姿勢制御が可能なポリシーを獲得できることを示しています​isas.jaxa.jp​。現時点ではこれらは地上でのシミュレーションや実験段階ですが、小型衛星でのオンボード実証に向けた取り組みが進んでいます。

ちなみに,人工衛星ではないが,宇宙探査ロボットの制御に深層強化学習を適用する研究もある.kawaii

深層強化学習で開発、小惑星を“ぴょんぴょん”跳ねる移動探査ロボット「スペースホッパー」

視覚航法・ターゲット追跡:

  • カメラやLiDARを用いて周囲の物体や地形を認識し航法に活かす分野でも深層学習が活用されています。ESAが支援する宇宙デブリ除去ミッションClearSpace-1(2025年打上げ予定)では、標的物体(ヴェスパ上段ロケット部品)の相対位置・姿勢(6DoFポーズ)推定に深層学習ビジョン技術を用いる計画です。搭載カメラの映像からCNNがターゲットの3次元姿勢をリアルタイムに推定し、ロボットアームによる把持を誘導します​aihub.orgaihub.org。このためにEPFL研究所では合成画像で学習データを構築し、宇宙環境下でも頑健に作動するニューラルネットを開発中です​aihub.org
  • また、宇宙機のランデブー・ドッキングにおける視覚航法でも、従来の特徴点マッチングに代わりディープラーニングによる物体検出・ポーズ推定手法が研究されています​openaccess.city.ac.ukopenaccess.city.ac.uk。例えばStanford大学やESAの協力によるPose Estimation Challengeでは、深層学習で衛星の姿勢を高精度に推定するアルゴリズムが開発されており、将来の無人ドッキングや編隊飛行への適用が期待されています​openaccess.city.ac.ukopenaccess.city.ac.uk。さらに、月・火星着陸機の着陸地点選択にもディープラーニングが応用されています。研究段階ではありますが、Mobilenetなどの畳み込みニューラルネットワークを用いて着陸用カメラ画像から安全な着陸地点と障害物をセマンティックセグメンテーションで識別する手法が提案されています​arxiv.org。このような視覚航法AIは、将来の自律降下着陸での危険回避や精密着陸に貢献すると考えられています。

故障検知・異常検知:

  • 宇宙機の膨大なテレメトリデータから故障や異常を自動検知する用途でも深層学習が注目されています。前述のCAPSTONEのSigmaZeroは、深層学習により推進系の微小噴射など航法上の異常事象を機上で検出・分類し、地上計算と一致する結果をリアルタイムで得ることに成功しました​advancedspace.comadvancedspace.com。またESAの実験衛星OPS-SATでは、機上AI実証の一環として衛星テレメトリの異常検知アルゴリズムが試されています。たとえばポーランドのKP LabsはOPS-SAT上で機械学習モデル(手作り特徴量+ランダムフォレスト分類器)を用い、95%以上の精度でリアルタイム異常検出を行う実験に成功しています​kplabs.spacekplabs.space。この結果、衛星のモニタリングを自律化し、地上への依存を減らせることが示されました。異常検知ではディープラーニング以外の手法も併用されていますが、将来的にはより高度な時系列異常検知ディープネットによって早期故障予兆の把握や、未知の異常パターンの検出が可能になると期待されています​esoc.esa.intarxiv.org

推進制御・最適誘導:

  • ロケットや推進システムの制御にも深層学習の応用が模索されています。例えば着陸型ロケットのエンジン推力を連続的に調整する最適制御問題に対し、深層強化学習で学習したエージェントが人間を超える着陸精度をシミュレーション上で達成した例があります(SpaceXのFalcon 9着陸を模した環境での試み)​space.stackexchange.com。このような手法は将来の再使用ロケットの自動着陸や、月着陸船の推力制御最適化などに応用可能と考えられます。また、深層学習を用いて非線形な最適誘導則そのものを近似し、従来は計算負荷が高かった燃料最適な軌道投入やランデブー誘導をリアルタイム実行する研究も進められています​space.comspace.com。もっとも、推進系へのディープラーニング直接適用は安全性の観点から慎重で、現時点で飛行実証された例はありません。まずはシミュレーションや地上実験で信頼性を検証し、将来的に深層学習による推進制御が安全に運用できるよう技術成熟が図られています。

主要な組織・企業の取り組み動向

  • NASA(米国航空宇宙局):

  • NASAでは自律航法・制御の高度化にAIを積極的に取り入れています。深層学習搭載の代表例であるCAPSTONEミッション​advancedspace.comのほか、JPLを中心に視覚誘導や探査ローバーの自律走行へのディープラーニング応用研究が盛んです​jpl.nasa.govjpl.nasa.gov。また、NASAの技術ロードマップでは機械学習を用いた軌道最適化やマルチエージェント自律制御が将来重要になるとされています​science.nasa.govscience.nasa.gov。現在計画中のアルテミス計画や火星試料返送ミッションでも、地上との通信に頼らず探査機自ら判断・制御するシステムの開発が進められており、その中核技術として深層学習が期待されています。もっともNASAは安全性にも厳格であり、AIの挙動の説明可能性や検証性を高める研究(例:XAIによる判断根拠の可視化)にも注力しています​activities.esa.intactivities.esa.int
  • ESA(欧州宇宙機関):

  • ESAも人工知能の宇宙利用で先行しており、世界初の機上AI実験となるΦ-Sat-1(2020年打上)では地球観測衛星上で深層学習を用いた画像判別を実施しました​esa.int。GNC分野では、前述のOPS-SATでの機上異常検知実験​kplabs.spaceや、2024年打上の小惑星探査機Heraにおける半自律GNCの開発などが挙げられます​esa.intspacedaily.com。特にデブリ除去のClearSpace-1はESAが支援する商用ミッションであり、深層学習による視覚誘導の実宇宙実証として注目されています​aihub.org。欧州の産業界でも、AirbusやGMV社がオンボード画像処理による自律ランデブー技術を開発しており、深層学習ベースのターゲット認識・追尾アルゴリズムが提案されています​openaccess.city.ac.uk。加えてESAはAIの信頼性確保にも関心を寄せており、City大学ロンドンとの協力で「説明可能で安全な深層学習GNCソフトウェア」の研究プロジェクトを2022年に開始しました​activities.esa.int。このプロジェクトでは adversarial な入力(AIを騙すようなノイズ等)を検知し防御する技術や、判断根拠を説明可能にするアルゴリズムを開発し、将来の宇宙機に安心してAIを組み込める基盤づくりを目指しています​activities.esa.intactivities.esa.int
  • JAXA(宇宙航空研究開発機構):

  • 日本においても、深層学習を宇宙機制御に応用する研究開発が進んでいます。JAXA自身のミッションで直接AIを搭載した例はまだ多くありませんが、人工衛星の姿勢決定・制御や編隊飛行技術におけるAI活用が宇宙基本計画等でうたわれています​meti.go.jpwww8.cao.go.jp。例えば、はやぶさ2では小惑星表面の特徴検出に画像処理を用いましたが、将来の探査機では深層学習による物体認識や障害物検知の導入が検討されています。またJAXAと大学の連携により、深層強化学習で姿勢制御系を最適化する基礎研究が行われており​isas.jaxa.jp、探査機の自己適応的な制御や、故障時の自動再構成にAIを役立てることが目指されています。今後打上げ予定の小型実証衛星で機上AIを試す計画も議論されており、世界的な流れに沿ってJAXAもGNCへのAI統合を進めていく方針です。
  • SpaceXやBlue Originなど民間企業:

  • 新興の宇宙企業もAIを用いた高度なGNCに関心を示しています。SpaceXではロケットの着陸船や宇宙船の自動操縦において大量のシミュレーションデータを機械学習で分析し最適化するアプローチが取られています。公式には詳細を公表していませんが、将来のStarshipソフトウェアに機械学習やAIを組み込みリアルタイムの意思決定能力を高める計画があると報じられています​iancollmceachern.comiancollmceachern.com。実際、SpaceXのCrew Dragon宇宙船はドッキング時に自律飛行を行いますが、これは高度なコンピュータビジョンと制御アルゴリズム(場合によってはAI技術を含む)によって実現されています​analyticsindiamag.com。Blue Originも月着陸船開発でNASAと協力し、着陸地点の自動選択や危険回避にAIを活用することを検討しています。これら民間企業では、ロケット打上げから衛星運用までのデータを活かした予兆保全(予知保全)や最適経路計画にも機械学習を適用しつつあり​space.stackexchange.comlablab.ai、商業ミッションの安全性・効率性向上につなげようとしています。ただし、宇宙機上でディープラーニングをリアルタイム活用するには計算資源や信頼性の課題が大きいため、慎重に段階的な導入が図られている段階です。

技術的課題と今後の展望

深層学習の宇宙機GNC適用にはいくつかの技術的課題が存在し、それらを克服するための研究開発が進められています。

計算リソースとハードウェア:

  • ディープラーニングは一般に計算集約的であり、宇宙機上で実行するには現行の耐放射線電子機器では能力不足です。ロッキード・マーティン社の分析によれば、宇宙機における高度AI/MLアルゴリズム実行には、従来の放射線耐性プロセッサに比べて桁違い(数十倍以上)の計算性能向上が必要とされています​arc.aiaa.org。このため、次世代の宇宙用コンピュータとしてCPU・GPU・FPGA・ASICを組み合わせたヘテロ構成や、AI専用チップ(ニューラルネットアクセラレータ)の開発が進んでいます​arc.aiaa.org。実際、IntelのMyriad2 VPUを搭載したΦ-Sat-1や、NASAの最新の耐放射線高性能CPU (SpaceCube系統など) は機上AI処理を見据えたものです。将来的には、低消費電力で高性能なニューラル演算がリアルタイムで行える宇宙機搭載コンピュータの普及が見込まれます。Moog Unveils New, Radiation-Hardened Space Computer to Support the Next Generation of High-Speed Computing On-Orbit

信頼性・安全性:

  • 宇宙機のGNCはミッションの成否を左右する極めてクリティカルな要素であり、ブラックボックス的なディープラーニングをそのまま適用することには慎重さが求められます​space.stackexchange.comspace.stackexchange.com。一つは学習済みAIの出力に対する保証や挙動の予測困難性です。宇宙環境では学習データにない状況に遭遇する可能性が高く、ディープラーニングが異常入力に対して予期せぬ動作をしないか検証する必要があります​arxiv.org。また、宇宙機上のコンピュータは宇宙放射線によるビット反転なども起こり得るため、ニューラルネットの計算が乱れるリスクも考慮しなければなりません。これらに対応するため、検証性・説明性の高いAIへのニーズが高まっています。ESAのXAIプロジェクトのように、ニューラルネットの判断根拠を人間が解釈できる形で提示し​activities.esa.int、なおかつ外乱やサイバー攻撃(対ニューロ攻撃)に対してロバストなAI制御系を設計する研究が行われています​activities.esa.int。加えて、NASAやESAではAI搭載ソフトウェアの認証基準作りや、シミュレーションを通じた包括的テスト手法の確立に取り組んでおり、将来的にディープラーニングを含むシステムにも航空宇宙規格レベルの信頼性を持
  • たせることを目指しています。

学習データと汎用性:

  • ディープラーニングの性能は学習データに大きく依存しますが、宇宙機の異常事象や未踏惑星の地形といったデータは十分に蓄積されていないのが現状です​arxiv.org。この問題に対してはいくつかの方策が取られています。一つはシミュレーションデータや合成データの活用です。ClearSpace-1のようにフォトリアリスティックなCGで学習用画像を大量生成したり​aihub.org、強化学習でも仮想環境でエージェントに十分な試行を積ませたりすることで、現実で得難いデータを補っています。またもう一つは実データの公開と競技型開発です。ESAは衛星の長期運用データから異常事例を抽出した大規模テレメトリデータセットを公開し、機械学習による異常検知アルゴリズム開発を促進しています​。Stanfordや欧州企業による宇宙機ポーズ推定コンペのように、世界中の研究者が共有データでモデルを鍛える場も増えています。今後、各国のミッションでAIが部分導入されるにつれ飛行実績データも蓄積されるため、それらを横断的に学習し汎用性とロバスト性の高いモデルを作るサイクルが生まれると期待できます。

将来展望:

  • 深層学習技術の進歩と計算機の高性能化に伴い、宇宙機のGNC分野へのAI統合は今後ますます進む見通しです。特に有人月面基地計画や火星探査など人間との通信遅延が大きいミッションでは、宇宙機が高度に自律的に航法・制御・故障対応を行う必要があります。その実現手段として、学習によって柔軟に対応策を獲得できるディープラーニングは有力です。直近では、小型衛星や探査ロボットへの部分的なAI適用から始まり、ミッション運用上リスクの低い領域で実績を積むでしょう。そして信頼性が証明された段階で、探査機の誘導制御の核心部分(例えば着陸誘導や編隊制御)に深層学習が組み込まれていくと考えられます。鍵となる技術革新としては、高信頼・高効率の宇宙用AIハードウェアの開発、限られたデータで学習可能な高効率学習アルゴリズム、異常時に安全にフェイルセーフできるAI制御アーキテクチャの確立などが挙げられます。それらが実現すれば、深層学習によってこれまで不可能だったレベルのミッション柔軟性と最適性能が引き出され、宇宙機GNCは新たな段階へと進むでしょう。
  • 限られたデータでの高効率学習手法についてもう少し.
  1. メタラーニング(Meta Learning)
    • 概要: 複数の関連タスクから共通の初期パラメータや学習戦略を獲得し、新たなタスクに対して少数のデータから迅速に適応できる手法です。
    • 代表例: Model-Agnostic Meta Learning (MAML) は、初期重みの設定を工夫することで、数ショットの更新で新しい状況に対応できるように設計されています。
    • メリット: 実運用データが極端に少ない状況でも、事前に学習済みの知識を活かして迅速な適応が可能となります。
  2. 少数ショット学習(Few-Shot Learning)
    • 概要: ごくわずかなサンプルからクラスの識別や状態推定を行う手法で、主に分類や回帰問題に応用されます。
    • 代表例: プロトタイプネットワークやSiamese Networkは、似た特徴を持つデータ間の距離を学習し、新たな状況でも適応可能な表現を獲得します。
    • メリット: 既存のデータから少数のサンプルだけで新たな状況に対応するため、ミッション前のシミュレーションや地上試験で得られたデータを最大限に活用できます。
  3. 物理情報埋め込みニューラルネットワーク(Physics-Informed Neural Networks: PINNs)
    • 概要: システムの物理法則(例えば運動方程式や保存則)を損失関数に組み込むことで、ネットワークが物理的妥当性を保ちながら学習を行う手法です。
    • メリット: 物理的制約を事前に組み込むことで、学習すべきパラメータの自由度が制限され、結果として少ないデータでも高精度なモデル化が可能になります。また、シミュレーションと実環境のギャップを補完する効果も期待されます。
  4. モデルベース強化学習(Model-Based Reinforcement Learning)
    • 概要: システムの状態遷移をモデル化し、そのモデルを使って将来の挙動を予測しながら最適な制御ポリシーを学習する手法です。
    • 代表例: PETS(Probabilistic Ensembles with Trajectory Sampling)などは、環境モデルの不確実性を扱いながら効率的に学習するため、サンプル効率が高いとされています。
    • メリット: 実環境での試行錯誤を最小限に抑えつつ、シミュレーション環境で十分なデータを生成・利用することで、限られた実データからも有用な制御戦略を抽出できます。
  5. 転移学習(Transfer Learning)
    • 概要: 他の関連タスクやシミュレーション環境で学習された知識を、新たなタスクに再利用する手法です。
    • メリット: 実運用前に大量のシミュレーションデータや類似システムのデータからモデルを学習しておき、現場での微調整(ファインチューニング)により、限られた実データで十分な性能を発揮できるようになります。
  • Transformer(例:ChatGPT)ベースの手法の適用は・・?:
    Transformerは自己注意機構により時系列データや長期依存関係の解析に優れており、事前学習・転移学習の面で有効。しかし、実際の制御システムに組み込むには計算負荷や安全性などの課題があり、既存の手法と組み合わせたハイブリッドアプローチが現実的とされる。

このように、限られたデータ環境でも高精度な学習を実現するための各種技術と、Transformerの強みを組み合わせることで、将来的な宇宙ミッションでの深層学習応用が進展が期待できそう。

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